2013/10/21

『ジャンヌ』10/9 鵜山さんって「人間を信じてる」

@札幌教育文化会館

感想前に、教文ホールの音響! 
専門的なことは分からないのですけれど、残響が長いのか音が響きすぎなのか、セリフがちゃんと聞こえませんでした。致命的じゃ?

たまたまお隣の高齢なご夫婦と、幕間に「聞き取りにくいです・・・よね?」とお話しました。え。年齢のせい?私の耳が悪いせい? 

他の方は問題なく聞こえてたのかしら。とにかく、私は聞き取りにくくて辛かった。

ただでさえ、馴染みのない中世フランスの話で宗教的な用語やら政治の駆け引きが飛び交うセリフ劇で、これはキビシー。

今まで教文ではマイクをしっかり使うミュージカルとかお芝居しか見たことがなかったので、初めての体験で、これだけが非常に残念。

鵜山さんは、「人を信じてる」
たぶん。

役者さんのことも信頼してるし、きっと観客のことも信頼したいと思って造ってらっしゃる気がします。そして何より、善悪が入れ替わり立場も入れ替わる登場人物たちですが、その<ニンゲン>というものへの、肯定があるのです。

しかも、醒めてるわけじゃなくて、どろどろした人間関係のなかに、ふっと誠実さが見えたり、あるいはいい人そうななかに、小さな諦めとか怠惰な心情が見えたり。
そういう人間のいろんな面を、生きている、ということに置き換えながら見せてくれるというか。

ちょっとした笑いが散りばめてあるのは、とはいえ人ってこうだよねと言われているようにも思えました。ネタで笑うんじゃなくて、真剣にやってるのに可笑しくなる、という笑いね。

ジャンヌが近代人に見える逆転現象。
バーナード・ショーの視点と、さらに今の私たちの視点からいえば、ジャンヌほど神を近くに感じた人はいないのに、舞台上では誰よりも<個人>的な近代人のようであった、という面白い二面性を見てとれるのでした。

鵜山さんがらみでいうと、二都物語でも宗教的な香りが濃かったし、こちらは宗教と、さらに政治の物語。あのジャンヌをどう捉えるのかしらと興味津々で見たわけですがー。

神の声を聞いたというジャンヌが、その主張をすればするほど、子羊の群れでなはく、ただ1人の個人として立ち上がる脅威となっていく。

で、面白いのは、ジャンヌ自身には<個人>であることの自覚などまるっきりなくて、むしろ<子羊の群れの一員である>と思っている点にある。
結果、ジャンヌが思うところを素直に主張するほど、自分の心に誠実であればあるほど、教会に守ってもらいたいのに、乖離が大きくなっていく不幸があるのでした。

ジャンヌをめぐる物語で興味深いのは、ここに政治的な思惑が入ってくることで。と、政治がらみのことはぼんやりとしか理解してないんですが、イギリスとフランスの駆け引きの材料になったのですよね。

プログラムによれば、異端であったり、捕虜であったり、いずれにせよ死ぬ方向で動いていたとあったので、当時の教会が異端者としてジャンヌを火あぶりにしたのも、もしかしたらジャンヌの<個人>的なふるまいが問題なのかしら等と思ってみたり。

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